暇日記


2004.10.13/ありがとう


ここ数年で、「カリスマ」という言葉が妙に俗っぽく簡単なものになってしまった。
なるのはそりゃ簡単というわけにはいかないが
「その分野で極めた人・尊敬されている人・届かない人」
そんな気持ちをどう表して良いかわからないまわりの人間が。
「私の愛するこの人は、どんだけ素晴らしいのよ」とみんなに云いたいまわりの人間が。
ちょっと目立った人を一般人にもわかるようにと親切なマスコミが。
「あらこれピッタリね」と安易にはめこんだ言葉がカリスマ。
つまりどんなに小さな分野でもカリスマはカリスマ。
存在しすぎるカリスマ。はびこるカリスマ。

でもそんなもんはとっぱらって
そりゃ功績や彼女の遺したものは大きい、が
「特になにを極めようと、どこに昇ろうともしていない」のに
まわりの人が自然に憧れ、尊敬し、愛してしまうそういう人。
彼女は純粋に「人として」カリスマ。
そして、、「みんなの」カリスマじゃなくて、彼女を好きな人間一人一人にとっての、
それぞれのたった一人のそれぞれのいろんな面でのカリスマであったのだろうと思う。
今更そんな俗っぽくなってしまった言葉を、大事な人の形容に使いたくはないのだが、
敢えて本当の意味で彼女の魅力をそれと表現したいと思う。
彼女自身だって「カリスマ」なんて呼ばれたくないと思うし、
きっと云われる覚えもないって思うだろう。てかこんなこと云ったら笑われると思う。
とても尊い「普通の人」で、とても尊い「カリスマ」だと思った。
まあ言葉なんかどうでもいいのだ、勿論彼女は「普通の人」だけどやっぱり私にとっての
「普通の友人」だけにはおさまらない、すごくすごく大事な、素敵な人だから、
今だけ許してほしい。
いつもはこんなこと、本人には照れて云えないのだから。


日記のタイトルに私の名前を書いてくれてうれしかった。
時間を忘れて共通の大好きなバンドについて語った。
自分がこんなにもあなたに惹かれているとは気づかなかったぐらい
自然と、自然ととけこむように虜にされていた。

昨晩、今朝のお弁当の準備をしていて肉そぼろを炒めていた時
その間恋人が代わりに使っていたパソコンのメッセに
その知らせはやってきた。
こちらを振り向いた恋人からの「彼女を知っているか」という意味合いの言葉、
抑揚のない呼びかけに、正直云って、何が起こったのか私はその場で悟ってしまった。
でも恋人の口からメッセの内容が伝えられるまで、
信じていたい気持ちが同居していた。
でもそれは次の瞬間崩れ落ち、私は時間が止まったように数分間放心した。
なにか云おうとした、けれど言葉を発することが出来ないという経験ははじめてだった。
こんな時、涙というものは逆に絞ろうとも出てこないものなんだな。
いろんな思いが頭のなかを高速でかけめぐって混乱してその場にくずおれた。
完全に、まわりが無音に感じた。

気づいた時には恋人がかわりに、伝えてくださったご友人へ
私が返信できる状態じゃないことを伝えていた。
12日13時。
その時私はなにしていた?
就職の面接で、採用が決まって寿司をおごられていた時分だ。
なにが寿司だ。喜んでんじゃねえ
いや別に私も寿司も悪くはないけどさ、あまりにも間抜けだ
そんな時にとんでいけないネット友人という間柄を今更恨んだ。

そしてすぐに、近い将来の約束を思い出して、その時はじめて涙が出てしまい、
そのあとは頭がおかしくなるほど号泣した。
大好きなバンドのDVDをおそろいで買った。
私は実家に帰らないと見られなくてまだ見てなくて。
彼女はその感想を語りたくて話し掛けてくれたのに。
見たらまた熱く語ろうよって約束した。
守れなかった。
私が結婚することをすごく喜んでくれた、キティちゃんの電報くれるっていった。
ドレス楽しみにしてるよって。

そんな私の状態を知ったご友人は、「えみぃさんにはいつも楽しませてもらってる、と
彼女がいつも云っていた」と教えてくれた。

嬉しかった。でもそれは、私のせりふです。。。


恋人がずっとそばについていてくれて、しばらくは泣き通しばっかりだったが、
数時間後変に落ち着いて、逆に今度はなにかしていないとおかしくなりそうで、
そして笑っていないと彼女に心配されそうで、なにかをひらめいたときみたいに
パタパタと台所にいき無心で肉そぼろの続きを炒めたりお弁当をつめたりテレビを見て笑った。
泣きはらしてぼやーっとしていたのでシャワーを浴びにいった。
そこで今度は、どんだけ痛かっただろうと、苦しかっただろうと、怖かっただろうと、
どんだけやりたいことがまだたくさんあっただろうという思いに支配されはじめ
シャワーを浴びながらまた涙が止まらなくなった。
恋人に心配かけたくなくて一生懸命止めようとした。

やっと落ち着いたのでシャワーを出て、折角私なんかにまでメッセをくださったのに
ろくろくお返事も本人からは出来なかったのでここでやっと改めてご友人にお礼を云った。
その時にまた、「そんなになるまで想ってもらえて、私までうれしいです」と云って下さって、
止まった涙がせきをきりそうになった。
けれど私なんかよりずっと近くで深く付き合っておられたご友人の方が、
もっともっともっとつらいはずなんだから、といい聞かせて
最後までちゃんとお礼とご挨拶を終えた。



こんなことを云っては、一生懸命生きようとしていた彼女にものすごく失礼になるが、
正直に云ってしまうと、私にはずっと、毎日毎日、
彼女が突然いなくなっちゃうんじゃないかっていう不安がどうしてもあった。
だからさっき書いたように、瞬間、何が起こったのかがわかってしまった。
すごく失礼な話だ。。。最低だ
だから調子の良い時にメッセにあがってきてくれるたびに、
よかった、今日も彼女がいる。って噛み締めていた。
特になにも話し掛けなくても、彼女の動向がいつもいつも気になった。
そんな接し方彼女は絶対に望んでいないだろうに。
そして彼女はそんな私の気持ち、多分お見通しだったとおもう。
それでもいつも、他愛ない話やいつもと変わらない話を一緒にしてくれた。

彼女のことは一生忘れないし、一生大好きだし、DVDを見た感想はいつか絶対
一緒に語って、約束を果たしたいと思っている。
私の「カリスマ」はいつもどんどん先を行ってしまって、
でも笑ってまたかけよってきてくれるような人。
いつか同じ速度で追いついてみせる。

夜眠る時、しばらく眠れないでいたら、寝たはずの恋人が「泣いていいよ」って頭を撫でた。
いっぺんでガマンできなくなって、泣き寝入りするまで大泣きした。

こちらこそ、いっぱいいっぱいありがとう
云い足りないほどのありがとう


こういうことを日記に書くのを、彼女を慕ったみんなはよく思わないかもしれない。
なぜそっとしておかない?と。
それに、みんな私よりもずっと昔から彼女を好きで、つきあいも長く深くて、
余計にそう感じる人ばかりだと思う。
直接的な付き合いは一年にも満たない私なんかがこんなことを書くのすら
おこがましいかもしれない。
でも、彼女は分け隔てない人だったと思うから、やっぱり私なりに伝えたい。

どうしても伝えたかった、いつか約束を果たしにいくよって。
そしてずっと大好きだよってことを。